COVID-19時代のペンギンと人間 第4回 ペンギン・スペシャリスト・グループ(PSG)の現状分析と共通認識:後編

2020 年 11 月 25 日 水曜日

今回も、PSGメンバーの研究者グループ(12人)が、2019年6月30日、『Conservation Biology』誌上に発表したEssay=「ペンギンの研究と保全状況に関する総合的分析報告」の内容をご紹介しながら、世界のペンギンの現状について考えて参りましょう。まずは、前回(前編)の最後にまとめた5つの項目順に細かく見ていきたいと思います。

1、2018年現在、世界のペンギン18種の内過半数の10種に絶滅の心配がある。・・・その10種とは、キガシラペンギン、マカロニペンギン、キタイワトビペンギン、ミナミイワトビペンギン、フィヨルドランドペンギン、スネアーズペンギン、シュレーターペンギン、ケープペンギン、ガラパゴスペンギン、フンボルトペンギン です。

さらにこの結果は、2つ目の項目=「18種の過半数に総個体数の減少が見られる。総個体数が増加したり安定している種であっても繁殖地によっては個体数の減少が見られる」ということと関連づけて考えることが大切です。例えば、1の10種の内、スネアーズペンギン以外の9種は総個体数が減少しています。しかし、ヒゲペンギンとマゼランペンギンも「絶滅の危険度」は少し低いものの、総個体数は減少しているのです。逆に、スネアーズペンギンは総個体数は安定しているのに「絶滅の危険度」は高いと評価されています。この評価の違いは、どこから生じたのでしょうか?

それは、「絶滅の危険度」に関する評価は、複数のファクターで考えられているからです。総個体数の減少だけが判断基準ではありません。スネアーズペンギンの場合、総個体数は安定していますが、スネアーズ諸島を中心としたごく狭い海域に生息範囲が集中しているため、局地的な環境の激変、例えば、餌生物の激減や重油汚染などが起きると、種の存続にとって壊滅的な損害を受ける可能性が高いのです。一方、ヒゲペンギンの場合は、過去50年間の地球温暖化による繁殖地の拡大によって、繁殖地総数と総個体数とが急増してきました。最近数年間の短期的個体数調査で多少総個体数の減少は見られますが、それによって直ちに種の絶滅につながる危険性は少ないと考えられています。さらに、マゼランペンギンの場合、最大の繁殖地であったプンタ・トンボの個体数が減少し続けている反面、それ以外の地域にある繁殖地の個体数は安定しているため、広範囲に繁殖地をもつことも勘案すると、絶滅の危険度はそれほど高くないと判断されたわけです。

しかし、油断は禁物です。例えば、エンペラーペンギンの場合、毎年といってよいほど新しい繁殖地が発見されるため、「見かけ上の総個体数」は増加しています。反面、長期間継続観察されている繁殖地の多くで、個体数の減少が確認されているのです。従って、「総個体数の動向」としては「unknown=不明」とせざるを得ません。この種の存続については、確定的な判断がしにくい状況です。また、南極沿岸部のほぼ全体にわたって繁殖地が分布しているアデリーペンギンの場合も、複雑なファクターが絡み合っています。まず、この種の場合も、毎年新たな繁殖地が発見されることもあって、「見かけ上の総個体数」の増加という傾向があります。同時に、既存の繁殖地毎の総個体数の増減に大きな較差が見られるのです。それを相殺すると、総個体数はやや増加傾向にあるので、種の存続に関わる差し迫った危険はあまりないと思われています。とはいえ、エンペラーの場合でもアデリーの場合でも、大量死あるいは長期間にわたる繁殖成功率の低下という、共通したリスクが存在するのを忘れてはいけません。それが、地球温暖化の進展に伴う巨大氷山発生と漂着の可能性です。過去半世紀以上にわたる南極でのペンギン研究の結果、巨大氷山の漂着によってエンペラーやアデリーの繁殖地が短期間で消滅したり、親鳥たちの体力消耗が原因で、何年間も繁殖できななくなることが報告されているからです。

次に、「3、PSGは、18種のペンギン全てに関するあらゆる分野の研究・保全活動を活発化するよう提案している」ということについて解説していきましょう。まず、やむを得ないことですが、「南極探検と南極の科学的研究の長い歴史」を勘案すれば、南極や亜南極に生息する種に関する研究の割合がかなり多い・・ということは容易に想像できるでしょう。1988年の第1回国際ペンギン会議以降、南アフリカ、オセアニア、南アメリカなどでのペンギン保全、救護活動が注目されるようになってからは、これらの地域での研究総数やレベルも、少しずつ改善され増加してきました。しかし、「特定の地域や種に関する研究・保全報告の偏在」という傾向そのものは、残念ながらいまだにぬぐいきれていません。PSGでは、「1920年代以降のペンギンに関する科学的研究業績と保全活動に関する論文・報告」を可能な限り収集・分析して、数ある研究分野(テーマ)、保全活動分野の中でも、特に活動を強化する緊急性が高いものの優先順位を提案しました。

この作業の過程で、「4、特に注目すべき種として、ケープペンギン、ガラパゴスペンギン、キガシラペンギン3種の研究・保全活動の充実をはかる」ことや、「5、限定的な海洋保護区の設定にとどまらず、ペンギンの生活史全体にわたる保護を実現する努力」を提案しています。この思いも含めた形で、『Conservation Biology』では付表としてまとめた「今後重視すべき優先的研究分野(12)と優先的保全活動分野(9)」を、以下に記します。

◇今後重視すべき優先的研究分野

1、個体数調査、2、個体数の統計学的分析、3、環境適応性に関する研究、4、漁業との相互作用に関する研究、5、採食環境研究、6、自然史的研究、7、海洋汚染研究、8、餌生物の栄養学的研究、9、人間活動の諸影響に関する研究、10、種間相互作用に関する研究、11、分類学的研究、12、環境破壊に関する調査

◇今後重視すべき優先的保全活動分野

1、海洋保護区区分計画立案方法の研究、2、種単位の保護行動計画立案、3、普及活動の充実、4、効果的被害対策法の研究、5、移入動物のコントロール法の研究、6、ツーリズム対策の研究、7、繁殖地での巣場所設置法の研究、8、既存の捕食者への対応研究、9、グアノ採取・販売への対応研究

今後、これらの諸項目の具体的内容につきましては、このブログテーマの中で、少しずつ解説して参ります。ただ、あと2つだけ、簡単に触れておきたいと思います。

まずは・・「ケープ、ガラパゴス、キガシラの3種を保全活動の優先的対象とした」ことについて。この3種に共通しているのは「絶対的総個体数の少なさ」と「諸環境の急激な悪化」です。ケープペンギン(アフリカンペンギン)は、ベンゲラ海流の蛇行によって採食海域が急激に遠くなり、かつ餌生物の量が激減したため、総個体数が劇的に減少しています。1978~79年には約14万羽いた成鳥が、2015年には約38,600羽になってしまいました。残念ながら、今後当分、海流の蛇行が回復する様子は見られません。ガラパゴスペンギンの場合も、絶対的総個体数の少なさは危機的です。1971年には2,099羽だった総個体数が、2007年には1,009羽に半減しました。山火事や湧昇流の変化による餌生物の激減などが起きれば、残された個体が一気に消滅する可能性もあります。キガシラペンギンも予断を許さない状況です。ニュージーランドの南島から、より南方のキャンベル島まで分布していますが、2012年の段階で総個体数は約1,170羽となってしまいました。また、南島の個体群は、より南方の亜南極圏内に位置する2つの島々の個体群とは、遺伝的形質が若干異なるようです。ニュージーランド南方の海域も年々海鳥の餌生物が減っていますので、個体数回復の見通しは甘くありません。

最後に、海洋保護区の設定や拡張が進んでペンギン繁殖地の保全が進展してはいるが、「ペンギンの生活史全体にわたる保全」にはほど遠い・・という点について触れておきましょう。この観点は、野生動物の保全というのは「繁殖地だけを保全すれば良いというわけではない」というものです。例えばペンギンの場合。繁殖地が完全に守られていても、繁殖期に親鳥や巣だったヒナたちがたっぷり餌を食べられなければ、繁殖成功率は上がりません。つまり、ペンギンの餌生物が豊富な海域も海洋保護区として保全されていなければ、効果的な保全対策とはいえないのです。しかし、やっかいなことに、餌生物はいつも同じ海域に集まるわけではありません。また、海域によっては「人間の漁業との競合」の可能性もあります。さらに、繁殖期が終わり、海上での生活が長くなると、ペンギンたちの海上での活動範囲も格段に拡がります。・・というわけですので、ペンギンの保全をより効果的にするためには、繁殖地とその近くの海域だけ保護区にしたのでは不十分だということになるわけです。

では、次回は、ボースマ博士の最近の論文をご紹介致しましょう。

向かって右から、ガルシア・ボーボログ博士(アルゼンチン)、ディー・ボースマ博士(アメリカ)、筆者。2019年8月、第10回国際ペンギン会議(オタゴ大学)にて。


南アフリカ沿岸鳥類保護財団(SANCCOB)のバナー。2016年9月、南アフリカ、ケープタウンで開催された「第9回国際ペンギン会議」会場にて撮影。

2016年9月5日、「第9回国際ペンギン会議」初日の会場。ケープタウンでの二度目の国際ペンギン会議は、初日から満席となりました。

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