時の流れ〜戦前・戦後〜

2010 年 1 月 13 日 水曜日

最近は、「戦前・戦後」という言い方を、あまり聞かなくなったような気がします。こういう表現は、やはり「戦争(この場合は第二次世界大戦)を実体験しその時代を生きた方々」が口にするからこそ、ある一定の価値観や意味を持つのではないでしょうか?
実際、私の親たち(いわゆる昭和一桁世代)は、その言葉を「ある共通の価値観」を表現するものとして使っています。あるいは、彼らの世代の「同時代人」としての一種の連帯感を表明する、キーワードとして利用している。そう言った方が適切かもしれません。
「おまえたちは(どうせ)戦後生まれだ!」私が10代だったころは、親たちが私に向かって敢えて「戦前」と言う時には、そういう一種「侮蔑的」あるいは「戦後世代への優越感」が匂うようなニュアンスを強く感じたものです。それとも、ただのヒガミだったのでしょうか?

何を言いたいのかというと、時の流れや世代交代がありながら、子どもの本はどのように変わり、また変わらなかったのか?時代や大きな歴史的出来事の前後で、ある1つのテーマが、どのように描かれ、書き継がれていったのか?そういうことに感心があるのだ、そう言いたいのです。

つまり、ペンギン、どうぶつ、動物園…等といった生きものや社会的施設(私はこれを「社会装置」と呼びます)が、時代とともに、どのように評価され、利用され、認識されていったのか?実際には「大人」である作者、画家、編集者達が、あえて「子どもの本」をつくろうとしたのはなぜか?なぜ、そのどうぶつをテーマとして選択したのか?「子どもの本」を観察していくと、そんな疑問へのヒントが見つかるような気がするのです。

そうです。これが、以前書いた「小難しい屁理屈」の1つです。ただ素直な気持ちで絵本を楽しめば良い。それも、大好きです。だからこそ、何百冊も子どもの本を買い集めてきました。しかし、どうぶつやペンギンのことに関わっていると、子どもの本には、大人の価値観やその時代の「空気」が色濃く吹き込まれていて、それが次世代の「大人」にどのような影響を与えるのか。とても興味が湧いてくるのです。

前置きが、異常に長くなりました。申し訳ございません。
今回の「ネタ」は、『キンダーブック』です。戦前〜戦後をまたいで出版され続けた子どものための「観察絵本」です。 戦前・戦後とも、出版元はフレーベル館。ただし、戦前は、「日本玩具研究会」なる団体が編纂していました。

最初の写真は「裏焼き」ではありません。右から左に読みます。「トリ」の特集です。その書き出しに、「見なれていて知らないもの、見なれないで知っているもの」と題してこのような言葉があります。
「鷹のことはよく知っていて、鳥のことはそれほどくわしく知らなかったり、ペングインに就いては何彼と知っていながら鷄のことははっきりしていなかったりです。」
著者が言わんとするのは、知識は経験の裏付けをもって初めて真の理解、喜びに達する。まあ、そんな感じでしょうか。 そして、ペンギンは、ペリカンと共に描かれています。挿絵の感じだと、温帯ペンギンとキングかエンペラーでしょうか?
これはいつ頃のものだと思いますか?昭和15(1941)年出版です。68年前ですね。
次は、戦後です。昭和35(1960)年の出版。戦後とはいっても、なんと49年も前ですが…。今度は「どうぶつのおやこ」がテーマ。いかめしい「序文」はありません。ペンギンは、ハッキリ種が特定できますね。エンペラーペンギンのおやこです。
「ならんだ ならんだ ペンギンさん よち よち よっちん えんそくに」実は、裏表紙に、「おやとこ」と題するこんな「顧問の言葉」があるのです。
「こどもの日、母の日があり、愛鳥週間が続く、さわやかな五月です。こうした行事のこころ(親子の愛情:筆者加筆)を、端的に現してみようとして、本号を編集しました。〜中略〜また、動物の種類によっては、子どもの育て方なり愛情の示し方が、とても珍しいものがあります。そうした様々な姿があることを知ることによって、動物たちへの愛情がふかまるとともに、彼らの生活についての観察の眼のいとぐちが開かれることを望んでいます。」
さあ、どうでしょう?戦前と戦後。わずか18年間のギャップですが、大きな歴史的戦争をはさんで、同じ出版社から出された、同じ「子ども雑誌」に描かれたペンギン。そして、編集者の意図。どのような違いを感じますか?また、「普遍性」を感じますか?

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