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リリース ふれあいペンギンビーチ〜その4〜

2010 年 2 月 24 日 水曜日

痩せ衰えたペンギンたちは、案の定、どんどん死んでいった。156羽いた「上田の担当」は、次の日には139羽になった。死体置き場とケージとの往復。何回も何回も…。気が滅入る。

ただ、その合間に、新しく運び込まれてくる「重油汚染ペンギン」を洗いまくった。ベテランのボランティアに指導されながらの作業。通常は、1羽洗い上げるのに2人一組で45分間かかる。私の場合、悪戦苦闘の末、最初の1羽に1時間近くかかった。笑い事ではない。長引けば長引くほど、ペンギンにストレスがたまる。興奮し過ぎて体温が上昇すると、ショック死することもある。「ペンギンにさわりまくり」どころの話ではない。

グラハムの助手として、足指の間から採血する手順も覚えた。表面をアルコール綿で丁寧にぬぐい、注射針で指の間の細い血管を刺し、出てきた血液を毛細管に採る。この作業も2人一組。息が合わないと、ペンギンの足を傷付けてしまう。問題は「上田の担当」たちだった。しかし、3日目、劇的な変化があった。1羽も死ななかったのだ。それだけではない。少しずつだが、魚を食べるようになった。

「何をしたんだ?」
グラハムなどは半分詰問調だ。

「何もしてない。ただ、じっと座り込んで、魚をプラプラしながら声をかけてただけ。そうしたら、ペンギンの方から寄ってきて食べたんだ。君らだってそうしてたんだろ?」

手差し給餌01 手差し給餌02 パトリシア

「魚を振ったの?」
パトリシアが餌バケツから魚を手にとり、ためしにペンギンの前で振ってみる。多少腰が引けていたが、一番食欲が盛り返してきていた4羽が、争うように走り寄ってきた。

「なにこれ!?ちゃんと食べるじゃない!」

バケツに入っていた30匹ほどの魚は、あっという間にペンギン達の胃袋に納まった。まだ、食べ足りない様子。きっかけがつかめたのだ。元気の良い連中は、とにかく食べる。ついには、彼らの方から、こっちの長靴に体当たりして催促するようにさえなった。

しかし、現実は厳しい。5日目までに、さらに18羽が冷たくなった。
「ごめんよ。間に合わなくて。もう少し早く気づけば良かったんだ。」

「目途がついた!これまでに『防水検査』と『血液検査』に合格した個体を、明日、リリースしよう。」

グラハムの顔が神々しく見える。リリース!なんて素晴らしい響きの言葉だろう。ほんの数日間だが、生死の間をさまようペンギンたちを目の当たりにして、思い知らされた。このトリたちは野生の生きものなのだ。人間の力なぞ必要としない。このテーブル湾と豊かな海があれば、堂々と生きていける。

誰だ!このトリたちに地獄の苦しみを与えたのは?天敵に襲われるのは仕方がない。しかし、重油にまみれ、毒の油を呑み込まされて死んでいくのは、どんなに惨めか。どんなに悔しいか。このトリたちは、なぜ自分がこんなことで死んでいくのか、きっと理解できまい。

翌朝、快晴。
かつて、黒人政治犯護送用に使われていたという2トントラックにペンギンを積み込む。スリットの入った大きなプラスチックケース1つに、ペンギンが4羽入る。それを30ケース。合計117羽が、今日の「晴れの日」を迎えた。

リリース準備01 リリース準備02 搬送用トラック

レスキューセンターから車で移動すること40分。遠くにテーブルマウンテンを望む白砂の海岸。4羽のペンギンで重くなったケースを、2人一組で運ぶ。白いビーチに、色鮮やかなケースの列ができた。

グラハムの合図で一斉にケースを傾けてペンギンを放す。ペンギンたちは互いに駆け寄り、波打ち際で1つの群れになった。しばらく、こちらを見ている。やがて、1羽が、ビーチに打ち寄せる波に視線を向け、静かに歩き出す。そして、走り出す。

リリース01 リリース02 リリース03

隣でパトリシアが泣いている。「だいじょぶよね?」囁きながら泣いている。果たして見えているのか。彼女の視線の先には、たくましいストロークでテーブル湾の沖合いを目指す、一群のケープペンギンがいた。故郷の海に、お帰りなさい。きみたちは「自由な海のトリ」なんだ!

コメント / トラックバック 2 件

  1. 新山 より:

    上田さん、続編をありがとうございます。
    日本人の生活が世界中のいろんなものを犠牲にして成り立っているということをつくづく思い知らされます。しかも、そのことを多くの日本人は知りませんし、知っていても知らんぷりをしているように思います。かくいう私も後者の部類に入りますね。
    現代の資本主義は大量消費によって成り立っています。それを変えていかなければ、ヒト以外の自然への圧力をなくすことはできません。便利さと引き替えに多くのものが犠牲になっているということを伝えないといけないと思いますが、一度便利になってしまった生活を手放せるのかという問題とも直面します。難しいです。
    人が石油に頼っている限り、ケープペンギンはこれからも油にまみれる悲しい鳥として生き続けなければならないでしょう。ごめんなさい。私は車に乗りますし、暗くなれば明かりをつけます。今もパソコンを使っています。石油で作った電気を使って。

  2. 上田一生 より:

    新山 様
    いつもご愛読、ありがとうございます。人が生活するということと、他の生物と共存していくということとを両立させるには、どうしてもある種の「痛み」が伴いますね。大切なのは、その「痛み」をいつも忘れないことだと思います。「忘れない」でいれば、「考える」ことができます。すぐに解決できないけれど、「考え続け」れば「仲間」ができるでしょう。その「仲間」を大切にしていけば、きっと「大きな力」になります。その「大きな力」で、他の生きものたちのために何ができるか、「話し合って」、「実行していき」ましょう!!今後とも、よろしくお願い致しますm(__)m!!ちなみに、この「ふれあいペンギンビーチ」のシリーズは、全12〜13回を予定しております。どんな人々、どんなビーチが登場するか、どうかお楽しみに!!

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