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ボールダーズビーチ ふれあいペンギンビーチ〜その5〜

2010 年 4 月 6 日 火曜日

南アフリカでの最終日。帰国前日。ケープペンギンを見に行こう、ということになった。

「油まみれのヤツや、今にも死にそうなヤツや、リリースしたヤツじゃなくって。野生のヤツが見たいんだけど。」

「まあ、その今にも死にそうなヤツへの給餌方法を見つけた功績に免じて、付き合ってやろう。実際、今までのように『絶食グループ』に誰かが貼りついていなくてもよくなったからね。」

この数日、ほとんど私の専属ドライバーと化したブルース・ダイアーが「任せろ」という。彼は、SANCCOB(サンコブ)のボランティア・メンバーでもあり、南アフリカ水産研究所の研究者でもある。早朝から、ホテルの前で待っていてくれるし、あっちこっちケープタウンを案内してくれた。半分、観光ガイドも兼ねている。

ブルース・ダイアー

「でも、あの護送車は勘弁してくれよ。目立ってしょうがないし…。」

昨日、117羽のリリース・ペンギンを浜辺まで運んだ。その時、輸送用に使ったのが「護送車」だった。数年前まで、黒人の政治犯専用護送車としてバリバリ現役だった車体である。積載重量としては2トン車だが、ボディーは頑丈な鉄板。荷台の中央に鉄棒が2本立っている。囚人の手錠を鎖で繋いだのだそうだ。荷台と運転席の間には、ご丁寧に太い鉄格子がはまったのぞき窓がある。

「あれで街中を走ってると、通りがかりの黒人に睨まれるんだ。ああいうので、ペンギン生息地までドライブしたくはないよ。」

輸送用車両

私の泣き言は聞き入れられた。翌朝早く、ホテルの玄関前には、ブルースのランドローバーが待機していた。滑り出し順調である。カーキ色のランドローバーは、快調に南に向かう。実際には、ケープタウンから一旦西に向かい、それから一気に南下した。

「どうせ遠出するなら『希望峰』も見ておきたいだろ?」

ボクという人間がわかってきたじゃない、ブルース君。彼は私より若干年下である。これまで送迎してくれた車の中で、「実は、オレは歴史が専門なんだ」と白状していた。

「歴史の教師にホンモノの希望峰を見せずに帰国させたヤツがいるんだ。そんな悪口を日本で広められたくないからね。イヤイヤやってんだよ!」

笑いながら、ロードマップをトスしてきた。

「今は南下してる。希望峰を見たら、今度は北東に向かってホールズ湾に出る。サイモンズタウンって小さな町があるだろ?軍港の近くさ。そうそう、そこ!そこに数年前からケープペンギンがすみついてるんだ。それ以前は全くいなかった。」

今度は新聞が飛んでくる。「そのボールダーズビーチってとこにね、今話題のペンギンマンっておっさんがいるんだよ。写真が大きく載ってるだろ。有名人だよ。ケープペンギンに話しかけたり、浜辺で泳いでいる人間がイタズラしようとすると説教するんだ。『おたがいに迷惑はやめましょう!』ってね。けっさくだろ?」

ブルースはいつにも増して上機嫌だ。

「その『お互いに』ってとこが、特に気に入ってる。実際、イタズラするのは人間だけじゃないからね。ペンギンが浜辺でピクニックしてる人の弁当をあさったとか、サングラスを盗んだとか、ちっちゃな男の子の大事なところに噛みついたとか、ハハハ…、いろいろあるのさ。」「でも、サイモンズタウンは別荘地で、保養地でもある。リタイアした老人が多いのさ。みんな豊かだしね。ここのビーチに海水浴や日光浴にくる人たちだって、怪しげなのは少ない。だから、ペンギンもどんどん増えてる。サンコブも、ここが重要な保護地区だと認識し始めたようだし。」

「そこでだ…。ここからはちょっと姿勢を正してお願いしなきゃいけないとこだな。日本に帰ったら、このボールダーズビーチのことを伝えてほしい。正しく伝えてほしい。今回のアポロシー号事件にはヨーロッパやアメリカのメディアが殺到したのは知ってるだろ?そのオマケに、このボールダーズビーチも紹介された。決定的だったのはCNNだな。あれ以来、ちょっと状況が変わりつつある。ボクは、それがちょっと気に入らないんだ。」「『町で暮らすペンギン』という表現は悪くない。『ペンギンと遊べるビーチ』それも結構だ。そして観光バスを連ねてやってくる観光客。たいへんな人出。賑わい、喧騒…。あげくのはてのゴミの山、乱痴気騒ぎ。これで一財産築いたヤツもいるだろうがね。」

「ボクは、観光客に来るなと言いたいんじゃない。地元の経済的利益のためには、それも大事なことだ。しかし、なんとか『本来の素朴なペンギンの姿』、ボールダーズビーチでしか体験できない『ペンギンと人間の距離感』、それを残していかなきゃならない。そういうものをこそ、ここを訪れる人に見てもらわなきゃいけない。そう思うんだ。」

ブルースの目が、同意を求めている。頷いてはみるが、まだピンとこない。
「そりゃそうだ、まず現場を見てからだよな!
どうも、心中を見透かされている。

3時間後、私たちはボールダーズビーチにいた。

ボールダーズビーチ1 ボールダーズビーチ2

冬なので、海水浴客の姿はない。幸い、観光バスもいなかった。

「サンコブは、ここに木製の観光施設やイヌの侵入防止用の柵を作ろうと計画してる。もう一部は設置されてるけどね。ボクは、個人的には、それが残念だ。やむを得ないとは思うよ。でも、それでは大切なものが失われてしまうんだ。こっちに行こう。たぶんここならまだ間に合う。」

SANCCOB

ブルースは、大きな岩陰を抜け、どんどんビーチに下りて行った。黙って、前方を指差す。「やっぱりいた!」という表情で。

数羽のペンギンがちょうど上陸してきたところだ。羽繕いをしてくつろいでいる。その3メートルほど前方に、家族連れがいた。ビーチマットを敷き、ピクニックしている。ペンギンたちに恐怖や緊張の仕草はない。全くない。人間も完全にリラックスして、身繕いに忙しいペンギンたちをながめている。

ブルースが私のカメラを指差す。この場面を撮れ、とジェスチャーで促す。

その通りだ。君が言いたかったのは、まさにこの光景なんだね!人工的柵や観察台などはない。あっちは海でこっちは町だ。でも、ペンギンも人も、自然にそこにいる。なにも両者を隔ててなんかいない。これが「普通」だ。これがボールダーズビーチの、そして南アフリカの「日常」なんだ。ボールダーズビーチの白い砂浜が私の網膜に焼きついた。

ボールダーズビーチの白い砂浜とペンギン

コメント / トラックバック 2 件

  1. 新山 より:

    この人と野生動物の間の距離感がいいですね。
    互いに干渉しあわない関係というのはなかなか難しいです。
    土地や食物などといった条件がそろっていないと。
    今の日本にはもうほとんど無いでしょうね。

  2. 上田一生 より:

    新山 様
    コメントありがとうございます!野生動物と人間との距離感というのは、難しい問題ですね。ある意味では、人間も「野生動物」だということを考えると、お互いの力関係というのは、いつも微妙に変化し続けるものだと思います。その現実と動向に、いつも我慢強く、息長く注目し柔軟かつ決然として対応していかなければならないと考えております。今後とも、ご意見をお寄せ下さい。よろしくお願い申し上げます!

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