私にとって「ペンギン学の恩師」は、1人ではありません。日本に3人、外国に4人、7人もの指導者に恵まれました。とても幸運だったと思います。なぜ7人もの師匠がいるのか?・・「師匠」は1人でなければいけない・・などと考えたことはありませんでした。現代ペンギン学が確立された最近40年間=1980年代~2020年は、私がこの世界に本格的に踏み込んでいった33年間に、ほぼ重なるからです。ちなみに、「現代ペンギン学史」の概略については、『ペンギンの生物学』(2019年、共著、NTS出版)の冒頭に、国際ペンギン会議の変遷を軸としてまとめましたので、詳しくはそちらをご確認下さい。・・つまり、内外の研究者の広範な交流と技術・情報の積極的な交換とを通じて、あるいはそれ等を前提として「現代ペンギン学」が誕生したからです。だれか1人カリスマ的、独裁者的な研究者がいて、その「お弟子さんたち」を中心に「ペンギン学」が形成されたのではないのです。
今回の連載の主役=P. Dee Boersma 博士(写真は2019年8月オタゴ大学で開催された「第10回国際ペンギン会議」にて撮影)との出会いは、まさに「現代ペンギン学」がその産声をあげた「第1回国際ペンギン会議(1988年8月開催)」が舞台となりました。それ以来32年間、Boersma(ボースマ)博士は、私の「ペンギン学の恩師」です。彼女は、ワシントン大学を拠点に保全生物学の研究を続けてきました。主なテーマはもちろんペンギン。世界中をとびまわっていますが、主要なフィールドは、南米です。エクアドル、チリ、アルゼンチンの各地で長い間調査をしてきましたが、一番長いのはアルゼンチンのプンタ・トンボ。そう、マゼランペンギンの巨大な繁殖地として有名ですね。(写真2枚は2016年、上田撮影)ボースマ博士は、プンタ・トンボで、もう37年間も「定点・継続観察」をしています。世界広しといえども、37年間も同じフィールドでペンギンの継続観察をしている研究者はボースマ博士だけです。たしかに、40年間以上続けて南極でペンギン研究をしている研究者もいることはいます。しかし、南極は広大です。ピンポイントで全く同じ繁殖地で、同じペンギンを切れ目なく観察しているという条件をつければ、彼女に肩を並べる研究者はいません。いわゆる「ペンギン学会のレジェンド」の1人なのです。
もう少し、ボースマ博士の現在のことを正式にご紹介しましょう。
まず、『新しい、美しいペンギン図鑑』(2014年、上田監修・解説、エクスナレッジ刊)をお持ちの方は、その190・191の見開きページをご覧下さい。左上にご本人の写真。そして、ボースマ博士自身による「ペンギン研究の自己紹介」が掲載されています。この本の出版段階で「40年間ほどペンギン研究をしている」と記していますが、この自己紹介が実際に書かれたのは2012年のこと。従って、プロのペンギン研究者としての活動歴は、2020年時点で48年間を超えています。そのうち、37年間をプンタ・トンボでのフィールドワークに費やしているわけです。ちなみに、現役ペンギン研究者としての活動歴という点では、アメリカのデイヴィッド・エインリー博士(南極での研究開始は1968年)が最長だと言われています。
ボースマ博士の活動拠点、在籍大学は、アメリカのワシントン州立大学。ワシントン州(太平洋側の州でワシントンDCではありません)の州都シアトルにあります。その生物学部・保全生物学科のトップです。また、世界最大のペンギン情報交換サイト= 「Global Penguin Society」を設立し、2016年には、アルゼンチンの Pablo G. Borboroglu 博士とともに「国際自然保護連合(IUCN)」の「Penguin Specialist Group(PSG)」共同代表を勤めています。私が2016年にPSGに招聘され、そのメンバーとなったのは、ボースマ博士との長年(32年間)にわたる交流があったからです。
さて、今回このブログでご紹介していきますのは、ボースマ博士をトップとする主にPSGの活動を通じて知り得た情報です。また、ワシントン大学の「Center of Ecosystem Sentinels」が1年に2回、春と秋にまとめて関係者に配信しているペンギンに関するNewsletterも参考にしています。基本的には、PSGに世界中から集まってくるペンギン論文や、研究者・保全活動団体からの「現場のナマの声」の中から、ボースマ博士と私が特に注目しているものをお伝えして参ります。
では、次回は「PSGによるペンギン研究・保全の現状分析および2019年以降の重点活動目標」についてご報告致します。