「世界のペンギンは、いま、どうなっているのか?」これが今回(前・後編)のテーマです。しかし、この問いは極めてシンプルなだけに、正確に答えようとすればするほど、いくつもの分厚い壁につきあたります。「世界には何種類ペンギンがいるのか?」、「最新の個体数調査は何年のものか?」、「個体数調査の方法は統一され合意されたものか?」、「ペンギンの繁殖地は全て判明しているのか?」、「各繁殖地での繁殖成功率は全て調査されているのか?」、「各繁殖地での保全活動は全て正しく報告されているのか?」・・・などなど。2020年現在、「国際ペンギン会議」の枠組の中で把握されている「現役のペンギン研究者・保全活動家」は24ヵ国、600人以上。これらの多国籍専門家集団をPSGがネットワーク化し、様々な媒体や学会・研究組織を通じて、日常的に情報と意見交換を行っています。ボースマ博士はそのトップにいるわけです。
ところで、1980年代以降、幸いなことに、「ペンギン学」の多くの関連分野で、同時並行的に技術革新が加速しました。主に、国際的移動手段(船舶・民間航空ネットワークなど)、通信連絡手段(携帯電話、ファクシミリ、パソコン、光通信、スマホなど)、研究データ収集・分析手段(ラジオトラッキング、サテライトトラッキング、バイオロギングなど)の躍進的進化と急速な普及は、地球的規模で移動したり調査したり連絡を維持したりすることが日常的に不可欠な「ペンギン学」研究者にとって、強力な追い風となったのです。
このような変化を背景に、1988年、第1回国際ペンギン会議がオタゴ大学(ニュージーランド)で開催され、その後も回を重ねる度に、先に示した「いくつもの分厚い壁」を、少しずつ根気よく切り崩し克服してきました。国際ペンギン会議は、原則として野生のペンギンの生息地近くで開催され、その地の研究者や保全活動家とそれ以外の地域の関係者とが、出会い、語り合い、交流する場を提供し続けたわけです。ペンギン分類法の研究、個体数調査のガイドライン構築、共同研究の推進と拡大、保全活動・救護活動に関するガイドライン策定と国際的連携の推進、飼育下個体群の把握・・・などなど、多くの分野で専門家間の共通認識が醸成されました。こうして、25年間ほどの歳月をかけて、「世界のペンギンの総合的現状認識と現状分析」を実行にうつす下ごしらえが完了したのです。
2016年、国際自然保護連合(IUCN)の「種の保存委員会:SSC」の中に「ペンギン・スペシャリスト・グループ:PSG」が組織され、前回も記した通り、ボースマ博士はアルゼンチンのガルシア・ボーボログ博士(通称=Popi)とともに、その共同代表に就任します。その年の9月、第9回国際ペンギン会議が南アフリカのケープタウンで開催されますが、それに先立ってPSGメンバーが同じ会場に招集され、PSGの設立趣旨の共通理解と今後の基本的活動方針、活動内容に関する合意が成立しました。この時の成果の1つが、現在の『Penguin Red List』(IUCN)です。詳細は Bird Life International の専用サイトで確認できますが、『ペンギンの生物学』(2020年、上田共著、NTS出版刊)の中でも「抄録」として、その内容をご紹介致しましたので、興味のある方はご確認下さい。
さて、この第1回PSG会合には、IUCNから指名された15人の設立期メンバーに加えて、南アフリカでケープペンギンの研究や保全活動を行っている人々(30人ほど)もオブザーバーとして参加しました。2日間にわたる議論の結果、初の「総合的ペンギン・レッドリスト」がまとめられ、Bird Life International の専用サイトで公開されます。このリストではペンギンを下記の18種とし、これに「飼育下個体群の分析結果」を加えました。
【2016年9月時点でのIUCNによる標準的ペンギン分類】:1、エンペラーペンギン、2、キングペンギン、3、アデリーペンギン、4、ヒゲペンギン、5、ジェンツーペンギン、6、キガシラペンギン、7、マカロニペンギン、8、ロイヤルペンギン、9、キタイワトビペンギン、10、ミナミイワトビペンギン、11、フィヨルドランドペンギン、12、スネアーズペンギン、13、シュレーターペンギン、14、ケープペンギン、15、ガラパゴスペンギン、16、フンボルトペンギン、17、マゼランペンギン、18、コガタペンギン
ただし、これ以外の分類方法や今後の分類学的展開に伴う改変を一切認めないわけではなく、専門家による新たな提案や科学的分析結果が示されれば、それについて、適宜検討・修正していく態勢がとられています。ちなみに、2020年11月現在、この分類法は継承されています。
ところで、2016年9月の第1回PSG会合で全ての「壁」が一気に解消されたわけではありません。「ペンギンの標準的分類法」と「18種の野生個体群の初期的現状分析(飼育下個体群の初期的現状分析を含む)」の2点についてのみ合意が成立し、『Red List』として公表されたのです。第1回会合で提起された多くの未解決項目、その後追加調査されさらに慎重な分析と意見交換が必要だと判断された課題については、下記の12人の研究者を中心に検討が進められました。
1、ボースマ博士(アメリカ)、2、ボーボログ博士(アルゼンチン)、3、N.J.Gownaris博士(アメリカ)、4、C.A.Bost博士(フランス)、5、A.Chiaradia博士(オーストラリア)、6、S.Ellis博士(アメリカ)、7、T.Schneider博士(アメリカ)、8、P.J.Seddon博士(ニュージーランド)、9、A.Simeone博士(チリ)、10、P.N.Trathan博士(イギリス)、11、L.J.Waller博士(南アフリカ)、12、B.Wienecke博士(オーストラリア)
彼らは、2018年12月まで、2年以上の時間と手間とをかけ、「ペンギンの研究と保全に関する現状分析と緊急提言」をまとめ、保全生物学専門誌『Conservation Biology』(Volume 34、Issue 1、First published 30 June 2019)に Essay として発表しました。タイトルは 「Applying science to pressing conservation needs for penguins」。ちなみに、この全文は公開されていますので、雑誌名とタイトルで検索すれば、その詳細を確認することもできます。ここでは、その内容のポイントをご紹介しながら、解説を加えていきたいと思います。念のために記しますが、このEssayの筆頭筆者はボースマ博士で、その内容を詳しく日本の方々に伝えて欲しい旨、ご本人から依頼されておりますので、引用・註釈に関する個々の言及は致しません。ご理解のほど、よろしくお願い致します。
また、このEssayの詳しい内容とそのねらいや意義については、次回「後編」で述べることとして、最後に、「PSGが考える世界のペンギンの現状分析」のポイント(5点)をまとめておきたいと思います。
1、現在、絶滅が心配されるペンギンは、18種中10種(過半数)確認されている。これは、海鳥のなかまの中では、アホウドリとミズナギドリに次いで多い割合である。
2、18種の過半数に総個体数の減少が確認できる。また、総個体数が安定していたり増加したりしている種であっても、特定の繁殖地では個体数が減少していることが確認できる。
3、PSGは、18種のペンギンに関する研究および保全活動の実施状況について検討・分析した結果、種による較差が極めて大きいとの共通認識を得た。
4、全てのメンバーの合意を得られてはいないが、最も優先的に研究・保全活動を推進すべきペンギンとして、ケープペンギン、ガラパゴスペンギン、キガシラペンギンの3種を指摘したい。
5、近年、「海洋保護区」の新設と拡張とにより、主要な繁殖地を保全するネットワークが強化されてきてはいるが、ペンギンの基本的生活史の全ての段階を保護することはできていない。
では、次回は、これらのポイントについて、さらに詳しくご紹介し、解説を加えて参ります。
2016年9月3日、南アフリカのケープタウンで開催された「第1回PSG作業部会(ワークショップ)」初日の全体討論の様子
「PSG第1回作業部会」の会場は、そのまま9月5日から「第9回国際ペンギン会議」の会場となりました。
「PSG第1回作業部会」参加者全員の集合写真。画面右から8人目中段にいるベストにネクタイ姿が筆者。
PSGの初会合ということもあり、IUCN内の正式グループであることを宣言するスライドが、休憩の間も投影されていました。