「南極オキアミプロジェクト」の意義と南極半島のペンギンたちの現状について

2010 年 10 月 26 日 火曜日

以前、このサイトで「南極南大洋連合(ASOC)」の活動についてご紹介しました
その時は、その日本事務局長である関根彩子さんから頂戴したメールの文面を、ほぼそのまま引用させていただき、この組織と、最近の「南極オキアミプロジェクト」について、簡単にご紹介致しました。

現在、関根さんは「南極の海洋生物資源の保存に関する条約=CCAMLR」の締約国会議にお出かけですが、以下のサイトで「南極オキアミプロジェクト」に関するその後の動きをフォローできますのでご利用下さい。
あなたの写真を送ってください。南極のペンギンが餌不足にならないように!

さて、すでにご承知の通り、ASOCは、1978年に設立された「南極大陸および南大洋(島を含む)の自然環境を、将来にわたりそこなうことなく維持継承してゆくために活動する国際・国内NGOの大連合」です。
本部はアメリカのワシントンD.C.にあります。2008年現在で参加団体は世界100団体になるそうです。ちなみにペンギン会議=PCJは、まだ加盟しておりません。

ASOCの資料(2008年)によれば、「南極オキアミプロジェクト」は、近年、地球温暖化、オキアミ漁技術の高度化、水産養殖の爆発的増加や健康食ブームによって急速に高まりつつあるオキアミ需要の増加で、オキアミの生息数に重大な影響が出る可能性が高まっている現状をふまえ、予防原則にたった保全の仕組みを実現することを目的としています。

以下に、その資料(『地球温暖化:オキアミと南極生態系への影響』:写真参照)の一部を引用しましょう。

地球温暖化:オキアミと南極生態系への影響

気候変動による影響は、南極では特に激しく現れています。南極半島の気温は、地球のどの場所よりも、2〜3倍速く上昇しています。南極半島では、海に面した244の氷河の先端のうち87%で後退が見られ、前進と後退の境目は徐々に南へと移動(後退)してきてしまいました。

(中略)

南極半島周辺のオキアミの生息数は、海氷の減少と一致して、1970年代から大幅に減っています(ある海域では80%もの減少がおきていました)。

(中略)

特に、南極半島の先端周辺における海氷の消失は、他の多くの生物種にも影響を与えています。
いくつかの研究では、海氷の広さや期間およびオキアミ数の増加や餌の摂りやすさと、オキアミを食べる生き物(捕食者と呼びます)の採餌生態との間には相関関係があることが示されています。
たとえばオキアミの生息数が減少すると、サウスジョージア島で繁殖するアザラシやマカロニペンギン、ジェンツーペンギン、マユグロアホウドリの繁殖に極端な変化が起こっています。
正確な原因が何なのか(オキアミ漁による減少か、温暖化の影響による減少か)はいまだ不明なものの、これらの捕食者は種によっては餌に占めるオキアミの割合が90%も減少していました。

南極の野生生物に、より直接的な影響を与えているのは海氷の面積です。
たとえば研究者たちは、冬場の氷が、ペンギンが餌をとる海域まで十分にせり出さなくなったため、ここ数十年の間にアデリーペンギンは130平方キロメートルのエリアで5万6000羽も減少したと推測しています。30年前にはつがいが1000組もいたコロニーも2006年には完全に消滅してしまいました。(引用終り)

また、関根さんが「参考資料」として送って下さった研究データ(写真参照)によれば、特に南極半島の先端周辺では、この海域の島々で繁殖するペンギン達が、いかにオキアミに依存しているか、よく理解できます。
このデータは、サウスオークニー諸島、サウスジョージア島、エレファント島等で繁殖する4種(ジェンツー、マカロニ、ヒゲ、アデリー)のペンギン達が、1980〜2006年までの間にどれだけのオキアミを消費したかを示しています。
ペンギン達は、ナンキョクオットセイとならんで、この海域のオキアミにとって、最大の捕食者なのです。彼等がこの海域で1シーズンに消費するオキアミは、ざっと概算しただけでも400万トンに達します。

1980〜2006年までの間にどれだけのオキアミを消費したか

しかし、近代的装備をもったオキアミ漁船は、わずか1隻でも、1シーズンに12万トンものオキアミをとることができるのです。
凄まじい人口を抱え、世界の食糧資源を貪欲に漁り続けるいくつもの「大国」が、その食糧確保の活動を急速に強化していることを考えると、南極の生態系を予防的に保全する鍵の1つが「オキアミの保全」だといえるでしょう。

ところで、現在のところ、南極ペンギン達の「全体的な個体数」は、安定していて、今すぐにでも急激な減少が起きるという事態は想定されていません。
それは、前回の「ペンギン会議全国大会」で、東京大学の佐藤克文先生も強調されていた通りです。

たしかに、上述のように、南極半島の先端では、アデリーペンギン等の急速な減少も見られます。
例えば、南極半島先端、といっても西側にあたるアンヴァース島のパーマー基地(アメリカ)周辺がいかに急速な温暖化の影響を受け、そこに生息するアデリーペンギンの身の上に何が起こっているかについては、すばらしいリポートがあります。

The Ferocious Summer

写真に示した書籍は、2007年初版(ペーパーバックは2008年)ですが、著者のメレディス・フーパーは、パーマー基地での経験を、説得力ある表現でよくまとめています。
「地球温暖化と南極の変化」を報告したノンフィクションとしては、最近では最も優れたものでしょう。特に、欧米では、かなり高い評価を受けています。

しかし、南極全体としては、「まだペンギンは大丈夫」なのです。とはいえ、この「まだ大丈夫」というところこそ問題ではないでしょうか?

南極のペンギン達のために、日本にいる我々ができることは何か?これは、簡単なようで、実はかなり厄介な問題です。
「温暖化防止に努めよう!」、「海を汚染しないようにしよう!」…それも大切なことです。

しかし、ペンギンと共に「南極の生態系=命の鎖」を構成している生き物達にも目を向けてみる。
そして、その生態系=バランスを大きく崩さず、しかも人間の幸せをも守っていくためには何をしなければならないのか?

「南極オキアミプロジェクト」は、そんな課題=未来への問いかけを、私たちに投げかけているのではないでしょうか?
私は、そんな立場から、今後もこの動きに注目し、協力していきたいと考えております。

コメント / トラックバック 5 件

  1. むらペン より:

    生き物の生態系のバランス、難しいですね・・・。

  2. 新山 より:

    日本を含む裕福な資本主義国家の大量消費社会を見直さないと、
    食料資源が枯渇してしまうでしょうね。

    スーパーに買い物に行っても、誰がこんなに買うんだろう?というくらい
    大量の食品が並んでいます。
    飲食店でも毎日大量の食糧が廃棄されています。
    食べ物だけでなく、さまざまな製品が大量に作って売られ、
    買った人も使えなくなるまで使わずに捨てています。

    現在の産業重視の社会では仕方のないことなのですが、
    そろそろ考え方を変えていかないと将来が危ないでしょうね。
    景気はいつまでも上昇し続けないのです。
    産業界も政治家も早くそのことに気付いてほしいものです。

    ちょっと違う話になってしまいました。
    海洋資源は底をつかないわけではないので、
    計画的な利用をしていかないといけませんね。

  3. 上田一生 より:

    むらペン 様、新山 様

    貴重なコメント、ありがとうございますm(__)m!!

    実は、1988年の第1回国際ペンギン会議の場で「大論争」になったことがあります。
    私が、この時会議に参加していた「唯一のアジア人であり、かつ日本人」であったためかどうか知りませんが、ある日、あの著名なトライヴェルピース博士が、こんな質問ともジョークともとれる問いかけをしてきました。
    「ねえキミ、日本の南極海捕鯨でクジラが激減したからアデリーペンギンが増加しているんだと思うんだけど、どう?」

    この質問は、南極で1940年代後半からの47年間に、アデリーペンギンがかなり増加しているという「長期個体数変動」に関する研究結果を、ホーラー博士が口頭発表し、参加者全員がその成果に感嘆していた雰囲気の中で投げかけられたのです。
    正直言って、完全に面食らいました。当時の私には、南極海捕鯨についても、南極海の生態系についても、詳しい知識や情報が全くなかったからです。

    トライヴェルピース博士の鋭い突っ込みにシドロモドロしながらも、「でも先生、クジラがどれくらいの生物を南極海で消費しているか、あるいはアデリーペンギンがクジラとその同じオキアミを同じタイミングで奪い合っているかどうかについてのデータや研究があるのですか?」と問い返す私の両脇に、ドイツとニュージーランドの研究者が立ち、この「格違いのディベート」を興味深そうに聴いていました。その内、彼等は私のサイドに立って発言するようになりました。

    いわく、「南極海の食物連鎖や生態系については、まだまだ未解明な部分が多いのが現状だ。生物総量についてすら、まだわかっていない。『奪い合うパイの大きさや置いてある場所』すらわからないのに、『クジラが減ったからペンギンが増えた』というのは、ちょっと乱暴なんじゃない?」
    トライヴェルピース博士サイドにも「味方」が増えて、「論争」は1時間以上続きましたが、結局「論拠=データ不足」ということで「ノーサイド」になりました。

    地球温暖化問題もそうですが、ある主張や仮説の根拠を明白、かつ論理的・実証的に示すことは、そう容易いことではありません。
    だから、「環境問題における政治的決着」は、往々にして「声がデカく、態度もデカい」者が勝つ。短絡的な結果に終わることが多いのです。

    南極海はいったいどうなっているのか?
    そのメカニズム=複雑系を真摯に解明しながら、かつできれば(難しいことですが)楽しみながら、生き物の「共存」という巨大で難解なパズルを解いていこうではありませんか!

  4. 新山 より:

    南極海どころか、すぐそこの狭い日本海のことですらわからないことだらけです。
    海の中のことを知るのはとても難しいことなので、永久にわからないのかもしれませんが、想像する余地がたくさんあるので楽しいですよね。

    でも、生物を利用するにあたっては、どちらかといえば悲観的に考えて、控えめにしていく必要があると思います。

  5. 上田一生 より:

    新山 様

    いつも的確なご指摘、ありがとうございますm(__)m!!

    まさに仰る通りです!!「生物の利用は控えめに!」という言葉を胸に刻みつけたいと思います。

    「資本主義=市場原理」を単純な「弱肉強食」と捉えて、性急かつ貪欲・露骨な資源漁りを続ければ、そのツケは必ず近い将来我が身にふりかかってくるでしょう。
    「理性と叡智」が、人間を含めた生きものの未来を照らすコンパスになって欲しいものです。

コメントをどうぞ

ページトップへ